カタブツ上司に迫られまして。
「とりあえず、大家に連絡した方がいいぞ」

「あ。はい……それは、知ってます」

「知っている?」

片方の眉だけを上げて、複雑そうな表情の課長に向かって頷いて、それから麦茶の入ったグラスを眺める。

「野次馬の中に大屋さんがいましたから。居たんですが……保険屋さんと話に夢中で、明日連絡下さいと……」

舌打ちが聞こえて顔を上げた。
今の舌打ち、課長じゃないよね?
だって、課長って、真面目、堅物、女嫌いとまで言われて……

ああ、そっか、女嫌いだった。

「すみません。お邪魔してしまって、お暇します」

立ち上がろうと腰を浮かせたら、キリッと真面目な顔をされた。

「邪魔なら連れて来ない。とりあえず落ち着け」

……何となく落ち着きました。
真面目な顔に、ここは会社かと錯覚しました。

それは一瞬の事だったけれど、課長は溜め息混じりに立ち上がり、居間の向こうに姿を消した。

……たぶん、さっきそこから麦茶を持って来ていたから、そこにキッチンがあるんだろう……すぐにグラスを持って帰ってきた。

「とりあえず、お前の実家はどこだ」

「北海道です」

飛行機だと一時間半くらい。そこからバスかJRで移動して、地下鉄に乗れば10分掛からない。

「……遠いな」

課長が麦茶を注ぐ姿を眺めながら、上の空で返事を返す。

「はぁ」

「だから、とりあえず座れ」

呆れたように言われて、腰を上げたままだった事に気がついた。
顔を赤らめながら、ストンと座り直す。

「友達にって言ってもなあ。お前の友達って、新崎だろ?」

「え? ええ……まぁ」

よく知っていますね。

同期の加代子が一番仲が良い。
最近、原から新崎になって、監査室から経理に移動した加代子……

大学時代からの友達も、ほとんど名前が変わったなぁ……
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