カタブツ上司に迫られまして。
「意識してんだったら上々だ」

そう言う課長の視線が下に向かい、苦笑が微かな笑みにすり変わる。

「か……課長?」

「祐だ。お前はなかなか頑固だが、どこか迂闊だな」

たぶん、課長の視線の先は私の唇だ。

それが解らない程、初じゃない。

だけれど“ソレ”を許してしまっていいの?

部下として、いいの?

女としては?

どう……なんだろう。私は課長をどう思っているんだろう。

それにしても課長の顔って、本当に綺麗だな。キリッと整っていて好みと言えば好み。

そう思っていたら、課長の視線が外されて、あらぬ方を見た。

「お前な……」

「はい?」

「その独り言はどうにかならねえか? さすがに照れる」

少し顔が赤い課長を見て、ぱっと口を押さえる。

「え。ええー!? 今のも私は呟いてましたか?」

「まぁ、この顔が好みなら、それに越したことはねえか。最大限に利用するかな」

そう言って、私の髪をくるくる指に巻き付けたまま、目の前で何か黒いことを考え始める課長。

「祐も鳴海さんの迂闊は言えないわよねぇ」

笑うような声が聞こえて、課長の後ろを見ると、含み笑いをするお母さんが顔を覗かせた。

「せめて襖は閉めてから迫るべきよ」

「んなもん閉めたら、警戒させるだけだろうが」

課長はなんて事はないみたいに、飄々としてお母さんを振り返る。

「はいはい。とりあえず二人とも、スイカを切ったから、出ていらっしゃい」

お母さんはそう言って、手のひらをヒラヒラさせながら、襖の向こうに消えていく。

……どうしよう。恥ずかしくて死にそうなんですが。

「……とりあえず、食いに行くか」

「……いってらっしゃいませ」

「恥ずかしいのはお前だけじゃねえんだよ。いいから来い」

髪から手を離した課長は、今度は手をつかんで私を引っ立てる。
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