カタブツ上司に迫られまして。
「あいつ、新婚だろ?」

新婚ですね。
しかもほやほや、熱々ですね。

「さすがに新婚夫婦の家に、押し掛けて泊まれないだろう」

それもそうだ。きっと居たたまれない。

「ビジネスホテルに泊まれば良いので、幸いにも……幸いかは解りませんが、出張帰りなので、着替えも一式有りますし」

「金は使わねえ方が良いぞ。あの火事の規模なら、家財一式ダメになってるはずだ」

まぁ、間違いは無さそうですよね。
それはもう、勢いよくメラメラと燃えてましたもんねー。
消防の人も、延焼防ぐのに精一杯な感じでさ。

「会社の単身者向けの寮はあるが、入居者は野郎ばっかりだしな。どうしたもんか……」

何だろう。課長は職場にいるみたいに真面目な顔で、しかも眉間に皺を寄せている。
顔だけ見るといつもの課長の顔なのに、どこか和やかな純和風テイストな木造建築とアンマッチ。

しかも、言葉が思った以上に乱雑になっているし。

「きっと、私は夢を見ているんでしょう」

ポソポソ呟くと、課長はキョトンと私を見た。

だってほら、マンションが火事になるとか、いきなり宿無しになるとか、課長が真剣に心配してくれているとか。
しかも、今は何だか可愛らしくキョトンとしているだとか。

ないないない。
きっとこれは夢なんだわ。

今回の出張は結構ハードだったもの。
営業所の所長が、事ある毎にお尻に触ろうとしてくるのをかわしたり、帳簿の数字が合わないから指摘したら、女は黙っていろとか言われてムカついたし。
うん。怒るのって体力使うのよね。
使うから……きっと疲れて、悪い夢を見ているだけ。

目が覚めたら、あははって笑っちゃって、それから変な夢だった……って。

「……今度、あの営業所には男性社員を向かわせよう」

聞こえてきた低い声に、今度は私がキョトンとして、首を傾げた。

「はい?」

「お前程、はっきり言うやつもいないが。どうして女子社員が、あの営業所に行きたがらないのか……これでよく解った」

……今度は難しい顔をしている。夢のくせにリアルだな。
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