くれむつの恋
5鐘

 やがてお時は泣き止み、ハコを見た。ハコの瞳は優しく光っていた。
 ハコへと手を伸ばすと、ハコはお時に体を預けた。
 ふわふわとした触感が、お時の胸を優しく撫でてくれた気がして、
 お時はまた泣きそうになった。

「あんな、私な……飯盛旅籠に行くねん」

 胸を締め付けていた言葉を出してしまえば、後は次々に溢れ出した。

「昨日な、与平いう男に襲われてな、怖かってん。
 あんな、恐ろしい思いを明日……もしかしたら今日からせなあかんのやろか……」

 震える声に反応してか、一滴の涙が頬を流れた。
 ハコはお時の手に顔をうずめながら、静かにお時を見ていた。

「でもな、ここについた時にな、何か……なんやろな……」

 言い表せない気持ちに苦笑し、ハコから手を放した。
 その手に追いすがるように駆けて、ハコはお時の膝の上に飛び乗った。

「……あのな、お願いがあるんや」

 お時の膝の上で、背筋を伸ばして座っているハコの瞳をじっと見つめながら、
 お時は呟いた。ハコもまた、真剣な眼差しでお時を見つめた。

「ハコ、明日も、ここで会ってよ。そうしたら、私頑張れる気がするわ」

 寂しげに笑うお時に、ハコは

「ニャア~」

 と、長く鳴いて答えた。
 その姿に、無性に愛しくなって、お時はハコの体に顔をうずめた。
 ハコは逃げなかった。

 ……

 しばらくして、最後の鐘が低く鳴った。
 ハコはお時の膝から離れ、名残惜しそうに振り返って、森に消えた。
 その後姿にお時は小さく手を振った。

「また、明日な」

 お時のその小さな声を、ハコは聞き届けただろうか。

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