【短編】君ノ記憶
。゜。゜゜。。゜─君ノ記憶─

薄桜との出会いは、火影がまだ物知らずの姫君のときだった。

「お前を拐う」

窓から入ってきた男に火影は表情ひとつ変えずに座っていた。
それが薄桜だった。

ただ、観察するのみだった。

命などどうでも良いと思っていた。

金茶色の長い髪を高い位置で一つに結び、紅い瞳をした男を恐ろしいとは思わなかった。

「今度は、誘拐ですか。しかし私を殺すことはできませんよ。煮るなり焼くなり好きになさったとしても、私は死ねません」

薄桜は少し面食らった。
深窓の姫君がこんな状況でこんな台詞を吐いたのを見たことがなかった。

気になるのは、こちらを見据える彼女の目が何も映してはいないことだ。
全てを諦めたような面構えだった。

自分の容姿を見ればすぐに何者かを悟り、逃げられると思っていたのだが。

「何を、言っているのだ」

火影が顔を上げた。

「何、とは?」

「俺は貴様を拐いに来たのだ。殺したりすることが目的ではない」

火影がゆっくりと瞬きをする。

「貴方は、父上の臣下ではないのですか」

「俺が貴様の父の臣下だと?俺が人間などの下に就くわけがなかろう」

バカにしたように笑う薄桜に火影は頬を緩めた。

「失礼致しました。私、この東国の長女の夏焼 火影と申します」

薄桜は美しい笑みを浮かべた火影に呆れていた。
が、同時に面白いとも感じていた。

「ふん。俺は西国の長、秋篠 薄桜だ。さっきも言ったがお前を拐う。良いな」

誘拐するのに了承を得るなど気味が悪いなと思いながらも薄桜は名乗った。

「それでは参るぞ」

「はい!」

嬉しそうにしている火影に、またしても薄桜は呆れたようにため息をついた。
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