【短編】君ノ記憶
きゅっという小さな圧迫感があった。

しかし、それだけだった。

「目、開けても大丈夫だぞ」

「……あ」

薄桜に言われて初めて目を瞑っているのに気がついた。

「怖がりすぎだ。震えているぞ」

怖い?私が?
こんな小さなことで怖がるはずがないのに。

火影が不思議そうに自分の身体を見つめているのを、薄桜はまた変な女だなと目を細めた。

「よし、着いたぞ。俺の屋敷だ」

とすん、という軽い衝撃と共に地面に着地した。

「焔、帰ったぞ」

薄桜がそう言うと、どこからともなく男が現れた。
肩より少し下まであるであろう赤髪を低いところで一つに結び、青い目をしている。

「薄桜。その女は何だ」

焔が火影にちらりと視線を向けた。
そんな目など慣れっこな火影はぴんと背筋を伸ばして微笑む。

「私、東国の夏焼 火影と申します。秋篠様に拐って頂きました」

にこやかに話す火影を呆気にとられた様子で見ていた焔は、やっと声を発した。

「“拐って頂きました”?」

果たして、拐うという言葉と頂くという敬語は同時に使うものだったか。

「焔、この女の部屋を用意しろ」

「承知した」

焔が立ち去ると、薄桜は火影に目を戻した。

「何だ」

さっきからやたらと見つめてくるのである。

「部屋を用意して下さるのですか?」

驚いたような顔をしている。

「ああ、そうだと言っている。注文なら聞かんぞ」

「い、いえ!……ただ、てっきり牢に入れられるものだと思っていたので」

薄桜が怪訝そうな顔をする。

言いたいことが分からない。

「…………何だ貴様、牢に入りたかったのか?」

全力で引かれた火影が顔を真っ赤にする。

「違います!拐うと仰ったでしょう?でしたら、人質か何かとして使うのかと思ったのです」

薄桜は黙って火影を観察していた。
今まで自分が見てきた世間知らずな姫君とは、この女は少し違うらしい。




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