笑顔の裏側に
歩side

まさか優美にあの場面を目撃されるなんて思わなかった。

走り去って行く優美を今すぐにでも追いかけていきたい衝動に駆られる。

でも今は教師としての立場がある。

1人の男として行動することは許されない。

あいつの机に目をやると、まだカバンはある。

きっとここに戻ってくる。

その時に話せばいい。

今は木下が優先だ。

落ち着いてきた木下にそっと声を掛ける。

「お前の気持ち、聞かせてくれないか?」

木下は泣きながらゆっくりと話してくれた。

木下は全然成績が上がらなくて焦っていた。

そこにちょうど質問を受けていた教師から心ない言葉が降りかかる。

こんな基礎の問題ができないのかと。

今のままでは志望校は無理だと。

確かに木下の志望校は木下の今の成績では難しい。

それは木下もわかってるはずだ。

でもその現実を頑張っている今その瞬間から他人から突きつけられるのはすごく辛いだろう。

その教師だって木下に頑張って欲しくて少々厳しい言葉をかけただけだと思う。

両者の気持ちがわかるからこそ、なんて言葉をかけたらいいか分からない。

ただ木下の話を聞いてやることしかできない。

「今が一番辛い時期だと思う。それは志望校と自分の偏差値のギャップが大きければ大きいほど。みんな焦るし、不安になる。木下だけじゃないよ。だけどそこで踏ん張らないと。どれだけそこで踏ん張って努力できたかで、いくらだって合否は覆せる。だから俺はお前にも最後まで頑張ってほしい。」

木下の目を見て真剣に伝える。

木下は泣きながらもしっかりと頷いてくれた。

「また辛くなったら、いつでも俺にところに来い。俺はずっとお前を応援してるし、お前の味方だ。」

「ありがとうございます!」

木下は少し笑ってそう言った。

帰る準備をして教室を出る頃には、いつもの笑顔が戻り、すっきりとした表情をしていた。
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