笑顔の裏側に
「先生。どうしたんですか?」

しかし返事は何もない。

「もうすぐですから、もう少し待っていてください。」

そう言ってもだんまりだ。

流石に様子がおかしいと思い、一度手についた洗剤を落としてタオルで拭いた。

先生の両手に自分に手を重ねる。

「洗わなくていいから。そのままにしてこのまま俺と‥」

言葉が途切れる。

俺と何?

抱きしめられている腕が徐々に強まっていくのを感じる。

まるで離さないとでもいうかのようにきつく。

「今日も泊まっていかないか?」

新たな言葉が小さく紡がれた。

ちゃんと耳を傾けていないと聞こえないような声で。

今にも消えそうな声だった。

このまま1人にして帰れない。

瞬時にそう思った。

心臓が異様な音を立て、まるでダメだと警音が鳴り響いているようだった。

「なんてな。冗談だよ。洗い物くらい俺がやるから。」

そう言いながら、解放された体。

慌てて振り返れば、誤魔化したように不自然な笑顔。

空気を壊すようなワザとらしい明るい声。

無理してるのは見え見えだった。

そして逃げるように背を向ける。

寂しそうな背中に反射的に抱きついていた。

「あの、やっぱり今日も泊まってもいいですか?」

恐る恐る尋ねる。
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