笑顔の裏側に
「いいえ。ただ今日は体育祭でして、暑かったせいか、優美さんがリレー後に倒れてしまいました。保健室で2時間ほど休んだのですが、まだ完全に回復していない状態で下校しました。ですので、お家の方でもゆっくり休ませてあげて下さい。」

「そうですか…。お手数おかけしてしまって申し訳ありませんでした。ありがとうございました。」

ずいぶん丁寧なお母さんだな。

麻生が礼儀正しくて優しいのがよく分かる。

「優美さん、少し頑張りすぎるところがあるようですから、たまには休息をとるようにお母様の方からも気を配ってあげて下さい。」

こんなこと言って大丈夫だろうか?

まだ担任になって日も浅いというのに。

それに俺より麻生のお母さんだってわかってるはずだ。

でも俺はそれくらい麻生のことが心配だった。

何でも一生懸命やっている麻生が。

「はい。できる限りそう致します。お忙しいところ、ありがとうございました。ご迷惑をおかけすることも多いと思いますが、これからもよろしくお願い致します。」

「私の方こそ、至らない点も多いとは思いますが、よろしくお願い致します。では失礼致します。」

そうして電話を切った。

電話を切ったあとも、家に帰ってからも俺は麻生のことがずっと気になっていた。

あの苦しそうな寝顔も。

光のない瞳をしたあの無表情な姿も。

そして完璧だともいえるほどの偽りの笑顔も。

浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返していた。

あのときのように見過ごすわけにはいかない。

俺はあいつの心からの笑顔を見たい---。
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