【6】シンボルツリー
4.安穏
 コロッケを一つ食べ終わると、美月は元気よく外に飛び出した。鳩たちと戯れる為である。

 夏のクーラーの快適さなど、子供にはどこ吹く風だ。

 私は美月が帽子を被っていることを確認し、休憩所の中から、その様子を眺めた。

 食べ掛けのコロッケが一つ、私の目の前に残された。結局、お父さんの分である、と美月は言い張り、二つ目のコロッケを食べなかった。

 私は広げた紙袋で改めて包み、持ち帰ることにした。紙袋を派手に破り広げたせいで、なかなかうまく包めなかった。


 ──相変わらずね。


 そんな妻の声が、どこからかともなく、聞こえてきそうだ。
 包み直すのなら、こんなにも派手に、紙袋を破るのではなかった。

 ──ふふふ。

 私は「おかしいかい?」と呟いて、また、美月の方を眺めた。カンカン照りなのに、困った娘だ。飽きずに鳩を追い掛け回している。しかし娘が相手では、鳩の方がこの暑さで参ってしまいそうだ。

 知らず知らずのうちに、私は微笑んだ。
 私は、いつしか、安穏とした時間を過ごし、眠りに落ちてゆきそうになった。


 計算され尽した人生……。ふと、そんな言葉が浮かんできた。

 計算することにより、安心感を得る。


 ──なんだろう? 住宅ローンのことかな。


 うやむやにしたいような気持ちを抑えて、私は考えていた。


 まだまだ先は、長いな……。

 ひとつ、大きく溜息をついた。


 妻と結婚の折、一戸建ての家を手に入れた。今は、ローンが自分の人生を縛っている。

 家を購入した時点では、お金を節約するため、外溝工事はしなかった。それが、自分に相応なのだと、思っていた。


 しかし、こうしている間にも、私の家で外溝工事が進んでいる頃だろう。

 塀を作り、門を設置し、木を植える。

 奮発してお金をひねり出し、今まで何年も放置してきた外溝工事を、今頃になって頼んだのだ。そして、今日がその工事の、完成日であった。



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