【6】シンボルツリー
「うぐっ、ぐ……」

 口に含んだ水が、だらしなく前屈みになった私から、こぽこぽと溢れた。

 これはまずいな、と直感した。

「美月、帰ろうか」

 息をするだけでも、喉が乾燥して辛くなった。私が呼びに行くと、美月はすぐに、鳩を諦めて戻ってきた。

「ごめん。お茶、我慢できるか?」

「だいじょうぶ」

「そうか、家に帰ったら、麦茶が冷やしてあるからな」

「うん……。おとうさんはだいじょうぶなの?」

「お父さんは大丈夫だよ」

「のど、いたい?」

「心配いらないからね」


 私は美月を自転車に乗せて、家へ向かった。痛みを伴う呼吸に合わせて、ペダルに力を込める。

 私の家は、ちょっとした丘の上にあった。自転車で緩やかに下り、そこから上り坂に変わる。その上り坂の終点に、私の家だった。

 私の家はモデルハウスだった。お洒落な角度で坂から上がってくる者を出迎える。
 白い外壁と灰色の屋根。日本風の家屋が多い地区に、私の家はひときわ目立った。

 最後の坂を上りながら立ち漕ぎし、自分の家を視界に捉えた。それだけでいつも何処からか、力が湧き出てきたものだ。

 しかし、今日は違った。更に底力が湧き出てくるのだ。
 外溝工事をしている今日は、明らかにいつもと様子が違う。

「おとうさん、あれは?」

 美月が後ろから、指差した。私の目には既にそれが見えていた。

「あれか? 工事だよ」

「ううん、ちがう」

「アレか?」

「うん。あれ」



4.安穏 (完)


 




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