【6】シンボルツリー
 大切な玉がぽとりと落ちた。さっきまでの柔らかな印象とは違い、一瞬の出来事であったが、地面に打ち付けられ、ガラスのように細かく砕け散った。

「あっ」

 美月がそう声を発したのは、明らかに花火の命が潰えた後だった。地面に小さく広がったそれは、打ち上げ花火のように、花を咲かせた。


 ふう、と、口を尖らせて溜め息をつく。

「おとうさん、ちょうだい?」

「ああ、まだ沢山あるよ」

 軽く握った線香花火の束から、美月はするりと一本を引き抜く。

「おとうさんも、いっしょにしようよ」

「お父さんも?」

「うん……」

「ようし、じゃあ、美月の花火から火をつけるよ」

 火をつけると、初めは反り返るようにやんちゃな火花が吹き出していたが、やがてその勢いもなくなり、柔らかく、丸くなって落ち着く。

 次に私も一本垂らし、火をつけた。ちりちりと燃える仕草を、二人で静かに見守った。


「おとうさん……」

「どうした?」

「ねぇ、おとうさん。おかあさんがね、おかあさんがしんぱいしているよ」

「お母さんがかい?」

「おとうさんがしんぱいだって」

「……ふふ、そんなことを言ってるのかい?」

「美月はね、さみしくないんだもん」

「子どもは素直でいいんだよ」

「じゃあ、さみしい」

「うん」

「おとうさんも?」

「……そうだね」

 オリーブの木がさわさわと音を立てた。大丈夫だよ、と心の中で呟いていた。

「あ、おとうさん。おちたよ。はなび」

「しまった」

 私の手には、命が潰えた線香花火の無残な姿があった。

 美月の方は、大事に見守られて、ぱちぱちとまだ小さな火花を作っていた。

「最後まで、頑張ってごらん。願いが叶うよ」

 私は美月の横顔に言った。

「ほんとう?」

 美月は真剣な表情になって、一層、火の玉を注視しだした。私はそんな様子を見て、おかしくなった。

 また、オリーブの木が、さわさわと、緩やかな風に揺れる。

 何だか木が微笑んでるようにさえ思えた。

 



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