THE LAST NIGHT ー 最後の夜にー

そのまま、アキさんは黙って自室のベッドに向かった



僕はテーブルの上をさっと片付けてから
彼女に寄り添うように
アキさんをベッドに運んだ




アキさんは、ベッドに腰を下ろすと
カーディガンをぬぎ
白のシャツのまま横たわった




「アキさん、シワになるよ」



「……ねえ、拓海……」


アキさんは天井を高く見上げて
ぼうとしていた

僕は、そんな彼女に毛布を掛けて
部屋のカーテンを閉めた




「どうしたの、アキさん?」



それからは
暫しの沈黙がながれた




まるで、彼女は何か慎重に言葉を選んでいるようだった




「………拓海は………
最後まで………私のこと『母さん』とは
呼んでくれなかったわね………」





何処か寂しげな彼女の声は部屋全体に響いた


遠くでは、ラジオの洋楽が流れ

白熱灯の光がカーテンの隙間から漏れていた




「………そうだね………」



僕は、彼女が横たわるベッドの脇に座った


天井を見ていたアキさんは
横向きになり、僕に背を向けた






「………私は……拓海の母親には、なれたのかしら………」


かすれる彼女の声は
僕の心の底の奥深くまでに響き渡る


そして、この最後の夜


僕は彼女に嘘をついた




〝母さん〟と




僕の声を聞いたアキさんは
ゆっくりと眠りに落ちていった




僕は彼女の長い黒髪を
右手でそっとすくい上げて
小さなキスを落とした


静かに、別れの言葉を告げて

部屋を暗くして出ていった
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