君までの距離
暗い舞台に、ぽつぽつと淡い明かりがともされる。
舞台はもう終盤を迎えていた。
なごやかに酒を酌み交わす武将がいる。最後に飲んだ盃を投げ捨てて、舞台の左右に別れていく。
「友として会うのは、これが最後よ。次に会ったら容赦しない」
「戦場(いくさば)ではお前は敵だ。最後は俺が引導を渡してやる」
「おう。お前の手に掛かるなら本望よ。だかそうやすやすと手にかかると思うな」
「違いない」
笑いあい別れる。そして幕が下ろされた。啜り泣きの声と拍手の中、前列端の女性が早々と席を立った。
暗い中でも慣れた目には、彼女の顔がはっきりと見れた。
女優さんだった。
高遠さんの出演しているドラマの刑事役。倉持里沙さんだった。彼女は席を立つとドアのすぐ前まで移動して、スタッフらしき人達と挨拶を交わしている。
ああ、共演者にはチケットを渡したりするんだ…
大きくなった拍手で、注意が舞台に戻される。
幕の下りた舞台には、主だった俳優さん達が戻って来て、深々と頭を下げていた。
頭を上げるなり、ぴたりと拍手が止む。
「えー…本日も、たくさんの方にご来場頂きましてありがとうございます。この公演も間もなく終了となりますが、毎度汗をかきながら役をやらせてもらっています…そうだよなぁ裕也」
主演の凪達之さんが、隣の高遠さんの首を掴む。
「ほんっと体はボロボロなんですけど、こうやって公演ごとにお客様からあったかい拍手を貰うことが、次の舞台に上がる原動力になります。いつも差し入れありがとーね」
わあっと拍手がおきる。高遠さんが話すと華やかな雰囲気が広がる。手を振りながら、高遠さんの視線が一箇所に止まりにこっと笑った。すぐに逸らされたものの、その視線を辿った先には倉持里沙さんがいた。