君までの距離
次の週。
アタシは、またお店にお邪魔した。
あまりに酷い前回を忘れてもらおうと、小さなアレンジフラワーを手にしている。
「こんにちはー」
前回より少し早く、遅いランチならちょうどいい。
店長は厨房で料理の下ごしらえをしていた手をとめて、アタシを見た。
「いらっしゃい未也ちゃん。今日はなんだい花なんか持って」
「これは前回のお詫びとお礼です。お店が準備中だったのに親子丼まで作ってもらって、話まで聞いてもらってしまって。また遠慮しないで来れるように、この花は受け取ってください」
にかっと店長が笑う。商売している人なのに、その笑顔は作られたものでない素の表情だった。
「そうかい。そんなら貰っておくよ。俺に遠慮はいらないからいつでもおいで」
香りの少ない花を選んできたけれど、やっぱり食事する場所のすぐ脇には置かず、入口のほうに飾ってくれた。
「ここなら俺からもよく見えるからね」
食事は味も香りも楽しんでもらいたい。その気遣いだろう。春なら山菜、夏なら若鮎、秋なら松茸、繊細な香りを楽しむ食材はたくさんある。
その香りを損なわない場所を選び、『自分がよく見える場所』だからここにしたと言ってくれることに、細やかな気遣いを感じた。
料理をする人に対して、お土産を何にするのか悩んだけれどこれで良かった。