恋人境界線


“あたし”、だった。


「…ほんと、最低…っ」


あたしは下唇を噛み締める。
傷付くことを怖れて自分の気持ちに蓋をして。結果的に他人を傷付けたことへの、戒め。


「それだけ。伝えたかった、だけだから」


最後に少しだけ、口の端を上げて笑った春臣は、「じゃあな」頬が痛かったのか顔を歪めて去ってゆく。

遠回りしたのは、あたしたちの間に確かに、境界線があったから。
臆病者同士の、自分を守り合う境界線。


罪も痛みも忘れないから、あたしも春臣の方へ行きたい。
傷付くこともあるだろうけど、もう自分に嘘を吐かない。


「――っ春臣!」


声を振り絞って呼ぶと、相手は出入口の一歩手前で振り向いた。
あたしは急ぎ足で駆け寄る。


「明日、民法の小テストがあるみたい」


バッグの中からノートを取り出すと、春臣は心底驚いた表情で固まっている。
あたしは構わずに、出入口のドアを開けて外に出た。

思い切って一歩踏み出した世界には、秋晴れの空が広がっていた。





END
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