恋人境界線

ツーツー
春臣の声が、もう耳には届かないと認識してからも、あたしはホールドボタンを押せずにいた。

明日、春臣に会える。

場所は、駅前を指定された。週末だから、大学は休み。民訴の小テストの追試は週明けにあるから、その前に借りたかったのだと思うけど。
会えない、と見限っていた休みの日に、大学以外で春臣に会えるなんて。


「な、なに着て行こう…」


呑気にテレビなんて見てる場合じゃない。
風を切る速さでテーブルからリモコンを奪い、流れていたバラエティー番組を消した。

向かうは、クローゼット。

最近、雨が多い。
何を着よう。明日も雨が降っても裾が濡れないように、パンツスタイルはよした方が無難かしら。

何度見たって量は、変わらないのに。タンスを開け閉めしたり、無意味にハンガーの場所を入れ替えたり、を存分に繰り返した。

夏休みにサークルメンバーで行った海水浴旅行の日から、5年間友人関係を築いてきたあたしたちの関係は、変わった。
境界線を踏み越え、手の届く距離まで近づいた。

あと一歩、踏み出したい。そんな欲望が、あたしの胸の奥で疼く。
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