恋人境界線

掴んでいた腕を放した手のひらは、あたしの手のひらを包んだ。
あたしは小学生か。それだけで、頬がかっと熱くなるのがわかった。

心に突っ掛かっていたものは、一切捨て去ろう。今歩いている、この道中に。ひとつずつ、春臣との距離を縮めるごとに。

見上げれば、頭上には秋晴れの空が広がっている。

日本本土に接近中の台風が、数日中に上陸する恐れがある。朝のニュース番組で、天気予報士がそう言っていたのがまるっきり、嘘みたいに。


「そこの駅ビル。品揃え良い店入ってるんだ」
「うん…」


あたしたち、こうして手を繋いで歩いていたら、端から見れば恋人同士に見えるかな?
長い年月をかけて愛を育んだ幸せそうなカップルに、見えるかな――



「カップルでお揃いでつけられるのも素敵ですよね」


香水売り場の店員は、あたしたちを交互に見た。
油断したら今にも剥がれ落ちるほどの、満面の笑顔で。


「そちらはユニセックスな香りですし」


これが、営業スマイルだと判断するのは容易い。予算達成の為の、接客術だと。

だけど。
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