恋人境界線

「カップルで兼用でお使いいただけますよ!」


借りてきた猫みたいに、ただ立ち尽くすあたしの中でとても重要なのは、店員さんの“カップルで”の一言と、香水を手にした春臣が、片手で握ったあたしの手を放そうとしないこと。

歩いているときから、店に入っても、ずっと。


「試しにつけてみていいですか?」
「もちろんです。どうぞどうぞ!」


春臣が、テスター用の紙に吹き掛ける。
ゆらゆらと振りながら鼻に近寄せて、「ん、いいかも」お気に召したようだ。

匂いが、周囲に充満する。
その香水は、甘いお花みたいな香りなのだけど、どこかスパイシーで洗練された匂いだった。
ボトルは黒を基調としていて、ブランドのロゴもさりげなく刻まれている。


「これにしようかな。志麻、どう思う?」
「っへ!?」


自分に感想を振られるとは思ってもみなかったから、あたしは大げさに仰け反った。「い、いいんじゃないかな…」


「じゃあ、志麻にもひとつ」


満足気にそう言った春臣は、未開封の箱を二つ持ってレジに向かった。
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