恋人境界線

「香りを保つ為に、つけるのに適した場所があるんだって」


事も無げに真横から届いた言葉に、あたしの動作は一時停止する。「え?手首と耳の後ろじゃだめなの?」普段香水を使わないから、正しいマニュアルなどわからない。


「教えてやるよ」


自信を持った口振りで言った春臣が、軽々と境界線である空のショップ袋を足元に置く。

そのとき、静まり返る日の暮れかかった公園に、携帯のバイブ音が響いた。
あたしのじゃない。携帯は、背中に当たる位置にあるショルダーバッグに入ってるから、震えたらすぐにわかる。

春臣の、携帯だ。
それは本人だって、気付いてるはずだ。


「女の子が香水つける仕草って、ぐっとくるね」


だなんて、依然鳴り止まない着信は気に留める様子もなく、さらりとまたあたしを困らせることを言う。


「志麻、眉間に皺寄ってる」
「っえ、」


擦り合わせた手首で、耳の後ろ側をさすっていたあたし。


「し、慎重につけてたから…。気付かなかったわ」
「真剣に嫌がる顔とか、俺的にはすげえそそられるけど?」
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