恋人境界線
…良かった、助かった。
外の、公衆の場で。ボタンを開けられるなんて、いくら相手が長い歳月恋い焦がれた、春臣でも。あたしには耐えられない。
「電話、出ないの?」
「……あ、ああ」
デニムのポケットから携帯を取り出した春臣は、二つ折りのそれを開いて画面を確認。
そのとき、二人の間隔が近すぎたから、故意にではなく見えてしまった。
“着信 薫”
「…っか、薫から?」
「……ああ。」
薫は、あたしの友達だった。大学では、かなり仲が良い友達、だったと思う。
過去形なのは、彼女が春臣と付き合っていて、振られて。
それにあたしが絡んでいると知ったのだと思う。あたしは薫に、避けられている。
「…そか……」
他に言葉が見つからない。薫はまだ、春臣のことが好きなんだ。未練がある。
あたしもきちんと薫と話した方がいい。そう、わかってるんだけど、なかなか勇気が沸かずにいた。
沈黙が流れる。
バイブ音が止んだ。春臣が、親指で強くホールドボタンを押していた。
「志麻はさ、思ってることが顔に出ないよな」