恋人境界線
相手の表情が、みるみるうちに変化していくのがわかった。逃げ足の速い雲が、月の姿を露にしたから。
「…っ春臣が、」
これまでは掴み所のなかった春臣が、あたしだけの声を聞いている。あたしが話すことを、精一杯。
その真剣な表情を目の当たりにしてしまったら、あたしは途端に躊躇ってしまう。
「志麻?なに、続けて?」
一瞬だけ、顔を背ける。
だけどこれじゃあ今までと、なにも変わらないじゃない。
変われない。
「春臣が他の人に見られるのも嫌だし、春臣が見てるのはもっと嫌なの」
春臣が、好きだから。
だから、春臣にも、
「あたしだけを、見て欲しい」
言い切った後。
それまであたしに向けられていた春臣の視線が、風の手に渡った。
春臣が盛大に、目を反らしたのだ。そればかりか、ご丁寧に口元を、手のひらで覆っている。
ああ、言わなきゃ良かった、と思った。
困らせた。引かれた?
どちらにせよ、その体勢を崩そうとしないしないのは、好意的なサイン、じゃあないよね。
お互いの手首から生まれるお揃いの匂いが、虚しい。