恋人境界線
聞き流せずに、顔を上げる。それと交差して、今度は薫の方が目線を落とした。
誕生日に、一緒に過ごしたい。
その願いに、どれほどの意味があるか。先日の、真島くんの言葉を思い出す。
その上、女の子が、一晩でももう一度過ごしたいと頼むなんて。
一生分の勇気を振り絞ったに、違いなくて。
「だけどそういうの、嫌がる奴がいるから、できないって。言ったんだよ、あいつ」
「、え……?」
薫は口元だけで、笑っていた。
自嘲気味に、歯を食い縛って。
「悔しいから、開封しないで大切そうにしてた香水を投げ付けてやったけど」
「…香、水…?」
「そう。でもそいつを、大事にしたいからって。取り合ってくれなかった」
だとしたら、薫とすれ違ったときの香水の匂いは、そのときのもの?
その香水を買いに行ったときにあたしが、他の女の人と話してるだけで嫌とか言ったのを、気にしていてくれた?
「…薫、ごめ……っ」
「謝んないでよ、情けなくなる」
くるりと背を向けた薫の肩は、震えていた。
瞳に溢れる涙で、滲んで見えたけど。声も揺れていたから薫もきっと、泣いてるのだと思う。