恋人境界線
来たときにも見たペンギンは、愛嬌のある可愛らしい顔をしてると思ったけど。今は、あたしの瞳が濡れているからか、歪な何かにしか見えない。
白い息を吐いて、停止していた足を再び動かしたときだった。
「――っきゃ!」
右足がずいっと二、三歩分滑って、今度こそ上手にバランスを取ることが出来ずに、あたしは派手な尻餅を付いた。「痛ぁ…」
地面に両手を付いて、なんとか起き上がる体勢を作ると。
「うわ、悲惨ー」
「可哀想ー。また派手に転んだね」
頭の上から降り注いだのは、雪よりも冷たい笑い声。通りすがりの見ず知らずの人たちは、頭をもたれる惨めなあたしを、ただ嘲笑を混ぜた目で見送るだけ。
恥ずかしい。惨めだ。
両脇を行き交う幾つもの足を見ていたら、なんだかまた泣きたくなった。
雪の上に、膝を折る体勢で。手の甲に、一粒の水滴が落ちる。
「――大丈夫?」
それまで通り過ぎていた足が、あたしの目の前で止まった。目線を徐々に上げてゆく。
見えたのは、差し伸べられた手のひらと。「か、薫……?」