恋人境界線

じわじわと込み上げる涙を堪えて薫を見上げたら、ほんの少しだけ、微笑んだような気がした。
その笑顔に、驚いているいとまなどなく。


「っ、」


背中から肩、腕、全身に、かけがえのない暖かさが宿る。この世に二つとない、冬の春暖。

振り返らなくてもわかる。「春、臣…?」苦しくて、体が震え出すような抱き締め方。ヒーターにも、カシミアにもない、あたしを幸せな気持ちにさせる唯一のぬくもり。


「はっ、放して!」


周りの視線を感じて体をよじらせてみたけれど、後ろから強く押さえ付ける男の力にはかなわなくて。


「逃がさない」
「っ、」
「志麻がまとう空気、匂いも全部、俺のだ」


我儘を言う子供みたいな、頑なな言い方をして、春臣はあたしを抱き締める腕に力を込めた。


「みんなが見てるからっ、いい加減放して」


言いながら、薫の姿を探したけれど、つい今しがた立っていた場所には、足跡しか残っていなかった。


「女の子が一人で泣いてる方が余計目立つって」
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