phantom

黒いシルクハットの男

「……ん、」

「……起きたか」
「……は、い?あれ……私……」

死んで……ない……?

上体を起こして両手をやわく動かしたのは私が生きていることを、見たこともない部屋の光景は私が死んだわけではないことを、確かに証明していた。

……薄暗い照明、天蓋付きの漆黒のベッド、絨毯、そして壁紙。シーツの感触が今まで触れたことのないくらい柔らかで、少し感動したのも束の間、私はまずこの部屋の主の名前を尋ねることにした。

直接聞いたわけではないし、彼から聞かないと意味がない気がしたのだ。

「……あの、」
「ナノだ」

「あ……お名前……ですよね」
「……」

聞こうと思ったら先に言われてしまった……。

「わ、私は……楠木 咲と言います」










「……知っているが」

(……イラッ)

私だって知ってますよ。ただ自分の口から言っていなかったから今言ったんですよ。

……とまあそんなことは置いておいて。
私から話しかけた手前ココで無言になってはいけない気がする……だからといって不要に発言すると殺されそうだし……何か……扱いが難しいんだよな……。

「……あの、ナノさん」
「何」

「ぇえっと……その、ココって……どういう施設なんでしょうか……」
「キミが知る必要は無いと思うが」

「……」

(……あ、そーですか)

あぁ、何だこのイライラ感は。事が思うように運ばない感は!何でこの人何も喋ろうとしないのよ。私は知らないうちにココに連れてこられたのよ。
説明ぐらいするべきなんじゃないの!

「私、トラックに轢かれて気付いたらココに居たんです。少しだけでもいいんです。なにか教えてもらえ――!?」
「もうキミは黙れ」

(!?――また首絞め……!)



木製のロッキングチェアに座って私の言葉を静かに聞いていたかと思えば、彼は突然立ち上がって私に馬乗りになり、首元に両手を伸ばして――。

(また殺される!絞殺は苦しいから嫌なのに……!)


覚悟を決めて両目を強く瞑ったその時。







かち





(……かち?)

「そのペンダント……危ない時には、それを握って……俺の名を呼ぶといい……」

「……はい……?」
「すぐにサキを助けに行く。だからそれは大事に取っておけ」


ペンダント……。

「……あの囚人にヤられそうになってただろ」

「……ナノ、さん」

銅の円盤に髑髏の絵が彫ってある、禍々しいペンダント。これを握ってナノさんを呼べば、彼が助けに来る……。どういう原理かは分からないけれど……これは……心配してくれてるっていうこと、なのかな。

「ありがとうございます……」



素直に御礼を言うが、やはり何も返ってこない。










殺したり、救けたり。




よく分からない人だ。
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