夢一夜・・・十語り
夢四夜・・・一緒に行こうよ
お兄ちゃん、お兄ちゃん。
あのね、瑠璃のことはルリって呼んでね。
ルリ、迷子なの。
ここがどこか分からないの。
お兄ちゃんも迷子?
………違うの?
へぇ、お兄ちゃん、中学生なの。
じゃあ、迷子じゃないね、もう、大きい子だものね。
お兄ちゃんはここがどこだか分かる?
そっか、お兄ちゃんも分かんないんだ。
不思議なとこねぇ
真っ白で、遠くがきらきらしてる。
あのきらきら、海かなぁ。
ねぇねぇ、行ってみようよぉ。
歩きながらお話しましょ。
あのね、瑠璃のお父さまは空手の師範でね、とっても強いのよ。
お母さまはとってもきれいなの。
まるで天女さまのよう。
今度、うちに遊びにきてね。
お兄ちゃんのお父さまとお母さまは。
こうむいんと、ぱーと?
わぁ、すごい。
お国に尽くしてらっしゃるのね。
瑠璃も早く、お国のために働けるようになりたい。
お兄ちゃん、見て。
川があるわ。
不思議なところねぇ。
瑠璃、ここ怖いわ。
ねぇねぇ、お兄ちゃん。
この川を渡って見ましょうよ。
あちらの方がお花畑があって綺麗だもの。
……どうしたの、お兄ちゃん。
怖いの?
大丈夫よ、瑠璃がついているもの。
あのね、ここに来たらあきらめないといけないのよ。
ああ、ああ、瑠璃、本当は知ってるのだわ。
ここにきたらあきらめないといけないの。
きっと、二人ならこわくないもの。
ねぇ、おにいちゃんどこいくの。
るりをおいてかないで。
いっしょにいきましょ
ねぇねぇ、はやく
ほら、そっちじゃないわ……幸彦ちゃん。
お母さんの言うことがきけないの。
幸彦ちゃん、待って、瑠璃を、お母さんを置いていかないで…
いくな
いくなぁぁぁ……
幸彦はハッと目を覚ました。
自分の荒い息がゼェゼェと聞こえる。
「あなたっ、よかった……っ 先生をお呼びしなくちゃ」
妻が隣でほろほろと涙を流していた。
痛む首を動かしてみれば、自分が病院のベッドに横たわっていることがわかった。
「俺は……」
「交通事故にあったのよ、この子をかばったの。丸一日目を覚まさなかったんだから」
幸彦は息をのんだ。
小さな娘は事態をのみこんでいないらしく、起き上がった父を見てもきょとんとしている。
幸彦は痛む頭を抑え、唸るようにつぶやいた。
「お袋に会った」
その言葉は妻の耳には届かなかったようだ。
慌ただしく医者がやってきて、ああ、よかった、
とりあえずもう一度検査をしてみましょうね、と笑う。
すべてが夢うつつに見える中で、耳に残っている小さな女の子の声だけが鮮明に蘇った。
幸彦ちゃん……
そう自分を呼んだのは、今まで生きてきてただ一人だけ。
幸彦が中学生の時に、無理心中を図った母だけだ。
優しい母は狂気の中、一人で死んでいき、幸彦は生き残った。
そうだ、昨日は母の命日だった。
娘の誕生日と重なっているために、ここ数年、どうしても墓参りなどがおざなりになっていた。
ごめん、お母さん。
妻と娘のはしゃぐ声を聞きながら、幸彦は心の中で母に謝った。
まだ、一緒にはいけないよ。
俺には新しい家族がいるんだ。
中学生の時、一緒に死んであげられなかったことを悔いもした。
けれど、生き延びたからこそ、今がある。
「お前が無事でよかった」
幼い娘に手を伸ばせば、無邪気な笑顔がかえってくる。
愛らしい小さな唇が動いた。
「ーーーちゃん」
舌ったらずでまだうまく喋れない娘。
「ーーーちゃん」
幸彦は娘が紡ぐ言葉を深く、聞き取ろうとしたことはない。
「幸彦ちゃん」
彼女は父親ににっこりと微笑みかけた。
あのね、瑠璃のことはルリって呼んでね。
ルリ、迷子なの。
ここがどこか分からないの。
お兄ちゃんも迷子?
………違うの?
へぇ、お兄ちゃん、中学生なの。
じゃあ、迷子じゃないね、もう、大きい子だものね。
お兄ちゃんはここがどこだか分かる?
そっか、お兄ちゃんも分かんないんだ。
不思議なとこねぇ
真っ白で、遠くがきらきらしてる。
あのきらきら、海かなぁ。
ねぇねぇ、行ってみようよぉ。
歩きながらお話しましょ。
あのね、瑠璃のお父さまは空手の師範でね、とっても強いのよ。
お母さまはとってもきれいなの。
まるで天女さまのよう。
今度、うちに遊びにきてね。
お兄ちゃんのお父さまとお母さまは。
こうむいんと、ぱーと?
わぁ、すごい。
お国に尽くしてらっしゃるのね。
瑠璃も早く、お国のために働けるようになりたい。
お兄ちゃん、見て。
川があるわ。
不思議なところねぇ。
瑠璃、ここ怖いわ。
ねぇねぇ、お兄ちゃん。
この川を渡って見ましょうよ。
あちらの方がお花畑があって綺麗だもの。
……どうしたの、お兄ちゃん。
怖いの?
大丈夫よ、瑠璃がついているもの。
あのね、ここに来たらあきらめないといけないのよ。
ああ、ああ、瑠璃、本当は知ってるのだわ。
ここにきたらあきらめないといけないの。
きっと、二人ならこわくないもの。
ねぇ、おにいちゃんどこいくの。
るりをおいてかないで。
いっしょにいきましょ
ねぇねぇ、はやく
ほら、そっちじゃないわ……幸彦ちゃん。
お母さんの言うことがきけないの。
幸彦ちゃん、待って、瑠璃を、お母さんを置いていかないで…
いくな
いくなぁぁぁ……
幸彦はハッと目を覚ました。
自分の荒い息がゼェゼェと聞こえる。
「あなたっ、よかった……っ 先生をお呼びしなくちゃ」
妻が隣でほろほろと涙を流していた。
痛む首を動かしてみれば、自分が病院のベッドに横たわっていることがわかった。
「俺は……」
「交通事故にあったのよ、この子をかばったの。丸一日目を覚まさなかったんだから」
幸彦は息をのんだ。
小さな娘は事態をのみこんでいないらしく、起き上がった父を見てもきょとんとしている。
幸彦は痛む頭を抑え、唸るようにつぶやいた。
「お袋に会った」
その言葉は妻の耳には届かなかったようだ。
慌ただしく医者がやってきて、ああ、よかった、
とりあえずもう一度検査をしてみましょうね、と笑う。
すべてが夢うつつに見える中で、耳に残っている小さな女の子の声だけが鮮明に蘇った。
幸彦ちゃん……
そう自分を呼んだのは、今まで生きてきてただ一人だけ。
幸彦が中学生の時に、無理心中を図った母だけだ。
優しい母は狂気の中、一人で死んでいき、幸彦は生き残った。
そうだ、昨日は母の命日だった。
娘の誕生日と重なっているために、ここ数年、どうしても墓参りなどがおざなりになっていた。
ごめん、お母さん。
妻と娘のはしゃぐ声を聞きながら、幸彦は心の中で母に謝った。
まだ、一緒にはいけないよ。
俺には新しい家族がいるんだ。
中学生の時、一緒に死んであげられなかったことを悔いもした。
けれど、生き延びたからこそ、今がある。
「お前が無事でよかった」
幼い娘に手を伸ばせば、無邪気な笑顔がかえってくる。
愛らしい小さな唇が動いた。
「ーーーちゃん」
舌ったらずでまだうまく喋れない娘。
「ーーーちゃん」
幸彦は娘が紡ぐ言葉を深く、聞き取ろうとしたことはない。
「幸彦ちゃん」
彼女は父親ににっこりと微笑みかけた。