坂道では自転車を降りて
「ほら、顔なんか描かないから。誰だか分からないよ。」
確かに、椅子に座る男子生徒だということは分かるけど、そこまでだ。そうだな。ただの練習だ。なんだか複雑な気分。
「ならいい。」

 俺は脚本に戻り、彼女はまた描き始めた。真剣な表情でスケッチブックの上で鉛筆を動かす。唇を尖らせて、少し怒ったみたいな表情になる。と、伏せていた目が突然上向いて、穴があくほどに俺の顔を見る。
 上気して紅くなった頬。上目遣いで顎を引いたこの視線をマトモに浴びて、動揺しないほうがどうかしている。だが、落ち着け俺。これはデッサンの練習なのだ。

 気にしているのを悟られたくなくてパソコンの画面に集中しようと努力したが、どうにも気になって集中できない。それに、委員や他の生徒にどう映っているかも気になる。
「ごめん。やっぱり・・」
遠慮がちに声をかけた。
「やっぱり、ダメ?」
「なんか、気になって、。」

「だったら、あと2分。いや、3分で終わりにするから。これだけ、いい?」
「・・・わかった。」
「ありがとう。」
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