坂道では自転車を降りて
俺はとっさに彼女の手を払って言った。
「大野さん、こうやって、男に触るの止めた方がいいよ。」
冷静に対処しようとするあまり、あまりに冷たい言い方になってしまい自分で驚いた。彼女はびっくりして口を開けたまま固まっていた。

 ごめん。今のなしっ。と思ったけど、一度口から発してしまった言葉はもう回収できない。うわあ、こういう時、どうしたらいいんだ。
「い、いきなり触るなよ。」
うわ。間違えた。だめ押しした。どうすんだよ。どうすんだよ。

「ご。。ごめんなさい。」
「いや、えっと。」
「そっ。。。そこが、髪が、、絡んでるの、ずっと気になってて。。」
「あぁ。」
俺はあわてて、前髪に手をやる。
「いいんだよ、こんなの。いつもそうなんだから。」
やばい。顔が見れない。冷たい沈黙が流れる。まずい、何か、何か言わないと。

「それにしても、さすがだな。食うのに困ったら似顔絵で稼げるな。」
「。。。。あぁ。そうだね。」
 彼女は席に戻り、またスケッチブックに視線を落とし鉛筆を走らせ始めた。大丈夫かな。そっと様子を伺うと、こっちを向いてにっこり笑った。なんとか誤摩化せたみたいだ。俺もパソコンに顔を向けた。心臓がバクバク言ってる。耳の奥に何かが詰まったみたいに、世界が揺れる。
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