坂道では自転車を降りて
「いいの?」「何が?」
最近、大野多恵の様子がおかしい。明らかに神井を避けてる。それになんだか元気がない。神井もかなりまいっている様子で、今日は途中で帰ってしまった。俺はどうしたものか。。
彼女が神井を最初に気にし始めたのは、もう1年近く前のことだ。突然、自分で脚本を書いて来たあいつに興味を持ったらしい。しかしその後、彼女は鈴木先輩がテニス部員相手にテニスをする姿を見て、一瞬でそちらに気が移った。先輩にせがんで何枚も絵を描かせてもらい、家からカメラを持参して写真まで撮っていた。夢中で絵を描いていた彼女は、なにがしかの作品を仕上げたのか、急速に醒めて行き、今度は先輩の方が戸惑っていた。
彼女は惚れっぽいように見えて、実はそれが恋愛ではない事は、本人が一番良く知っていた。俺がピアノを弾いてやったときも、一緒に弾いたり絵を描いたり、毎日のように俺のピアノを聞きたがった。すごく楽しかったけど、正直怖かった。これだけ近しい立場だし、真面目な彼女とこれ以上深入りして拗れたらと思うと、気が気じゃなかった。
でも、彼女は無邪気な小学生のような会話のまま、飽きるとするりと去って行き、ホッとした。拗れたらどちらかが演劇部をやめなければならなくなる。辞めるなら俺が妥当だが、その後、彼女が1人で苦労するのは目に見えてる。鈴木先輩の事もあった。
再び神井が脚本を書いたとき、彼女はまた神井の本に夢中になった。その時も、本に関する絵を描きまくって、しばらくすると沈静化。その後は見に行った舞台の絵を描いたり、変なマンガの絵をひたすら模写していたり、俺に読めと言ったり。また神井の本の絵を描いているかと思えば、数学部の男の話をしていたり、忙しくしていたが、どうも最近の神井に対する態度は、他のものと違うような気がして来ていた。
図書室で見かけた2人は、距離こそ離れていたけれど、なにか見えない糸で繋がっているような、傍にいる事が当然のような自然な空気が流れていた。