坂道では自転車を降りて
彼女は何のためらいもなく、俺のあとに続いて教室に入った。照明をつけると、暗闇に演台だけが浮かび上がる。彼女は自分で扉を閉めた。
「いいの?」
「何が?」
俺は答えずに笑って、舞台の縁に座った。彼女はあたりまえのように俺の隣に座った。いつもと同じ友達の距離。だけど。

「さて、なんかリクエストある?」
「んー。とくにない。楽しい歌?」
甘えるような無警戒な笑顔。いつもと同じ。
「楽しい歌ねぇ。ギター一本だからな。」

 何の為に生まれて、何をして生きるのか
 分からないままなんて、そんなのは嫌だ
 今を生きる事で、熱い心燃える
 だから君は行くんだ 微笑んで
 そうだ、嬉しいんだ 生きる喜び
 たとえ胸の傷が痛んでも

アンパンマンのマーチを歌ってみた。俺達は今、何をしているんだろうね。君は何の為に生まれて来たの。俺は何をしたらいいの?悲しい時も笑えばいい。俺が傍にいてあげるから。

「うっわ。今聞くと、すごい歌詞だね。曲は明るいのに、心は全然明るくなりません。責められてるみたいです。」
「だろ。あの人の『僕らは皆生きている』って歌も、生きているから悲しいんだ。が一番なんだよ。」
「やるな~。やなせたかし。でも、ねぇ、もっと楽しい歌にしてよ。」
「わかった。悪かった。」

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