坂道では自転車を降りて
「大野さんっ!しっかりして!指示だしてっ!」
思わず、声に怒りが混じる。
「あ、はい。」
彼女は涙を拳で拭うと、スイッチが入ったかのように動き始めた。
 俺は、準備の終わった役者を集めて、3枚目の壁を運び、舞台の準備を整えた。彼女もきびきびと指示を出し、遅れることなく開演の準備は整った。ほどなく、川村も戻って来た。

 舞台は成功と言えた。客の反応も良く、評判は予想以上に良かった。終演後、大道具小道具をとりあえず部室へ片付けると、部員達はそれぞれ文化祭を愉しむために散って行った。

 片付けが終わって気づくと、彼女の姿はもう消えていた。俺もどこへ行こうかと考えていて気づいた。そうか、川村の演奏だ。川村はユニットを組んでバンド演奏をしているはずだった。出番がいつだったのかは知らないが、彼女の様子から察するに、この後だったのだろう。今頃、どこかで川村があの曲を弾き、それを彼女が聞いているのかと思うと、なんだか無性に寂しくなって、俺は人でごった返す文化祭の中へ繰り出した。

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