坂道では自転車を降りて
「やっ、触らなっ、いでっ」
腕の中で暴れる彼女を逃がさないように押さえる。
「大野さん、逃げないで、落ち着いて、何もしないからっ。」
「もうしてるじゃないっ。やだっ、離して。」
確かに、誰が見ても襲っているようにしか見えない。

「お願いだから、聞いてっ。俺、大野さんが好きなんだ。だから、」
聞こえたのか、動きがとまった。俺の腕の中にいる彼女が、涙で赤くなった目で伺うように俺をみた。潤んだ瞳に見つめられて、俺の理性が一瞬、月までぶっ飛んで、またガツンと戻って来た。

 あれ?俺って大野さんが好きだったのか?初めて言葉にすると、もうどうしようもなくそうだった事に今更ながら気がついた。
「俺、大野さんが好きなんだ。だから、もう泣かないで。ごめん。悲しくさせて、ごめん。」
 瞳にみるみる涙が盛り上がって来て、彼女は俺に抱きついて泣き出した。
「ふぇっ。」
 俺の胸をぽかぽか叩き始める。やっぱり、ちっとも痛くない。
「ごめん。」

 しばらくすると、興奮が収まったのか彼女はおとなしくなった。
「大野さんずっと元気がなくて、心配だった。なんか痩せた気がする。」
「。。ごはん。。食べれなっ。。。。て。」
まだ、ちゃんとしゃべれないらしい。
「俺、君に嫌われたと思ってた。本当に辛かった。演出できなくなっちゃうくらい。」
「ごめ、な、さい。嫌いじゃないよ。好きだよ。」
しゃくりあげながら、答えてくれた。この好きの意味が何なのかは今でもよく解らない。でも、もういい。
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