坂道では自転車を降りて
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「もっと、わざとらしくていいから、ラブラブでお願いします。」
演出が彼女にダメ出しする。
 俺はいいかげんキレそうだった。さっきから何度同じ演技をしてるんだ。
「はい。」
申し訳なさそうに演出と山田の顔を見る彼女。山田が彼女の肩に手をかけて舞台の下手に連れて行く。もう一度登場シーンからやり直すのだ。

 舞台の中央右に設置されたベンチに俺と原が腰を下ろしたのを合図に、山田が彼女の肩を抱いて、俺達の背後へ向かって歩いてくる。彼等は恋人同士と言う設定だ。歩きながら山田が彼女の顔を覗き込んだり、手を取ったりするたびに、彼女は山田にしなだれかかるーふりをしているのだが、緊張なのか歩き方もぎこちなくて、とてもラブラブカップルには見えない。舞台中央付近まで来ると、俺達の後ろで立ち止まり、これ見よがしに抱き合い、熱い口づけを交わす。もちろん、遠目でそう見えるように顔を近づけてるだけなんだが、山田の顔が近づくと、彼女は思わず山田を押し戻してしまう。

 その手前に、彼等に気付いてガン見する原(主演)と、彼等に全く気付かず、舞台正面を向いて携帯を弄る友人役の俺。俺の背後でこんな演技をしてることを、今日まで知らなかったのは、もしかして俺だけだったんだろうか。

「すみません。こっちは演技なんですが、本気で拒否られると、結構、傷つくんですけど。」
山田が彼女に苦情を言う。彼女は役者じゃないんだ。仕方ないだろ。責めるなよ。
「ご、ごめんなさい。なんか、ごめんなさい。」
見ていられなくて、必死にバレーボール部の練習の方へ意識を向ける。汗ダラダラ流しながら、よくやるよなぁ。とか。。どんなに誤摩化してみても、自分の眉間に皺が寄っているのが自分で分かる。耳だってダンボだ。役者が総出で彼女の演技指導を始めてしまい、彼女は逃げようがない。
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