坂道では自転車を降りて
「多恵」
呼ぶと彼女は目を開けて、俺の瞳を見て、恥ずかしそうに俯いた。
「目を閉じて。」
俺がいうと、彼女は素直に目を閉じた。
いいのかな。いいよな。意を決して彼女の唇を見つめる。うっすらと微笑んでいた唇が、一度小さく開いて、また閉じた。
いやでも、ここって、住宅街のそれも道路のそれもど真ん中だ。初めてがこんなところで良いんだろうか。でも、目を閉じてくれたし、あたりは真っ暗だ。見る限り近くには誰もいない。絶対オッケーだ。いや待てよ。本当にそういう意味なのか?彼女の事だから、意味が分かってない可能性もあるぞ。いやいや、これでやらなきゃ男じゃないだろ。今更やめたらヘタレって思われる。いや、彼女はそんなこと気にしない。それに多分、何も分かってない。だって、こんなに顎引いてたらやりにくいし、上手くできないじゃないか。
さっき見た唇が頭の中でぐるぐる回る。さっきしていたみたいに顎を上げて、そのぽってりした唇を俺に向けてくれよ。
彼女を抱き締める腕に力を込めると、彼女がよろけて、一瞬目を開けて、また閉じた。
ホントに大丈夫かな。。さっきまで、彼女は早く帰りたそうだった。俺が送るって言ったら嫌そうな顔してた。やっぱりやめておこうか。でも、俺が笑ったら笑ってくれた。今だって、素直に目を閉じて待っててくれてる。したい。キスしたい。俺は彼女とキスがしたい。このまま大人しく帰るなんて無理だ。仮に、分かってなかったとしたって、絶対、大丈夫だ。。。。多分。
「うーっ。」
俺は脳みそがオーバーヒートして、俯いてしまった。
「どうしたの?」
彼女は目を開けて、怪訝な顔で俺を見下ろした。
「いや、なんでもない。そのまま、ちょっと、、、その、待ってて。」
「大丈夫?」
「大丈夫だから、もう一回。目瞑って待ってて。」
「??はい。」