坂道では自転車を降りて
「どうした?」
「もう一度して!」
 頬を染めて、必死な表情で言う。もう一度って、キスの事だよな。

 あらためて彼女を見る。彼女は目をキラキラさせて、俺の顔を覗き込む。パタパタ振ってる尻尾が見えるようだ。

  普段の彼女の印象は、明らかに猫だ。誰に聞いてもそういうだろう。凛とした表情で遠くを見ている瞳。だけど、そう、こういう時の彼女は、子犬みたいに愛らしい。

 この状況で唇にキスしてやれる程、俺は慣れてない。俺だってさっきのが初めてだったんだ。悩んだ末に俺は彼女の額にチュッと音をたてて口づけた。こういうのもやってみたかったんだ。照れ笑いしながら彼女を見ると、明らかにむくれている。

 おでこへのキスでは納得しないのか、必死に首を横に振って目で訴える。脳みそが勝手にアテレコする。
(唇でなきゃ、嫌っ。)

 かっ、可愛すぎるだろ。
 唇をすぼめて、ちょっと拗ねた顔で、必死に訴える表情は、もう悩殺ものだ。これ、どうしたらいいの?

 俺は照れてしまって、ジリジリと後ずさった。彼女は俺の服を掴んだまま、いやいやをしながらにじり寄って来る。まてまて、するから、ちゃんとキスするから、落ち着いてくれ。

 彼女が落ち着くのを待って、意を決してゆっくり唇を重ねると、彼女は「ほぉっ」とため息を漏らした。唇は無味なのにまた甘い匂いがした。
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