坂道では自転車を降りて

「台本は、多分、台詞をかなり書き直すことになるだろうな。」
「なんか残念。最初で最後の主演だったかもしれないのに。。」
「俺だってがっかりだよ。でも、美波ならまだ機会はあるだろ。」
「私、本気で女優になれるなんて思ってないよ。」

 いつも自信ありげな彼女の発言とは思えなかった。本当はそんな風に思ってたのか。それとも単に怪我でネガティブになってるだけかな。
「そうか?美波なら、本気でやれば、大抵の事はできると思うけどな。」
「そうかしら?」
「要は本気かどうかだろ。女優よりもやりたい事があるなら、そっちを本気でやれば良いだけだ。君は頭も良いし、健康だし、根性もある。容姿にもまあ恵まれてる。やってやれないことなんか何も無いだろ。」

「そうかな?そうね。そうよね。」
「入院中は本でも読んで、自分を磨いとけよ。君、あんまり本読まないだろ。女優志望のくせに。」
「でも、ドラマや芝居は観るのよ。」
言い返して来た。少し調子が出て来たな。

「本も読めよ。脚本家は本を読まない女優は好きじゃないと思うぞ。」
「それはあなたの事?」
「まあ、そうだね。」
「どんな本読んだら良い?」
「星の・・」いつかの会話を思い出し、『星の王子様くらい読んどけ。』と言おうとして止めた。何故か、彼女には知られたくなかった。
「星野?」
「いや、それは、自分で決めろよ。読む本も、読み方も。」
読書ほど好みやレベルが多様な趣味はない。

「相変わらず冷たいわね。でも、わかった。ありがとう。なんか、吹っ切れそう。」
ハの字の眉で笑った笑顔は、結構可愛くて、ドキッとした。
「本もなるべく読んどくわ。」
「それがいい。」

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