坂道では自転車を降りて
「本当、何も分かってないね。あきれるというか、、むかつく。」
急に悪意のある言い方をされて、驚く。
「大野さん、神井とキスくらいはした?今の話でフツー気付かない?」
「。。。。」
「俺のことなんか、眼中なかったんだろ。」
 震える声が、心臓の音が、荒い息が、彼の気持ちを語っていた。え、でもだって、今までもずっと一緒だったし、ついこの前、友達だって。

「え、私?」
「大野さん鈍すぎ。」

 抱きしめる手に再び力がこもる。彼の腕が痙攣するほど強い力で抱き締められて息が苦しい。手が私の顎に添えられ上を向かせる。彼の吐息が、ゆっくりと私の額、まぶた、頬を伝って、唇へ降りてくる。
 私は動けなかった。何が何だかわからない。でも、少しでも動いたら、川村くんの心が壊れてしまいそうな気がした。

 川村くんは私にとっても、とても大事な人だ。もしかしたら、神井くんよりも。彼の吐息が、私の唇の近くを、何度も迷って行き来した後、そっと触れてすぐ離れた。キスしてしまった。

「ごめん。」
ああ、川村くんだ。意地悪で。でも優しい。私はいつも守られていた。
「神井が好き?」
「うん。」
「俺じゃ、だめ?」
「そんなこと、、、」
今更言われても。

 神井くんと出会わなかったら、もしかしたら、あるいはそうなっていたかもしれない。頭が良くて、頼りになって、意地悪だけど、優しくて、私のことよくわかっている。
 ただなんとなく、川村くんにはいつも彼女がいたし、私を女として見ているとは考えていなかった。それが心地よかった。いつもそばにいる兄弟のような人。そして、私は神井くんに惹かれてしまった。

「ごめんなさい。」
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