坂道では自転車を降りて
ようやく彼は止まったけれど、ぶるぶると身体を震わせて、感情の出口を探しているようだった。

「もうやめて。。」
私の目から涙があふれた。

「くっ。」
 彼は苦悶の声とともに、私の襟元を掴み、引きずりまわして、床に押し倒した。そのまま馬乗りになって、押さえつける。怖いっ。
 荒い息づかいと吐き獣のような唸り声。私は思わず身を硬くし目を閉じた。怖くて声が出ない。

 彼はそのまま動けないでいた。鎖につながれた獣のように、荒い息とともに悲鳴のような声を上げながら、その場に凍り付いていた。彼は私を傷つけない。傷ついているのは彼自身だ。

 しばらくすると、声は悲しそうな嗚咽に変わっていた。私の胸元にゆっくりと顔を埋める。柔らかな前髪とおでこ、そして鼻を伝い涙の粒の落ちる感触。熱い吐息が胸にかかる。川村くんが泣いている。声は次第に小さくなっていった。おもむろに彼の手が離れ、私の上から降りた。

「ふっ」
 声と一緒にどかっと音がして、彼が倒れたのが分かった。暗闇の中、息づかいだけが聞こえる。
 起き上がりそっと様子をうかがうと、彼は仰向けに寝転がり、天井を仰いで泣いていた。
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