坂道では自転車を降りて
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 川村はクリスマス公演を前に演劇部を引退することになった。表向きは受験勉強を始めるからという理由。後で知ったが、親が開業医で彼も医学部を目指しているとのことで、周囲もあまり訝らなかった。音響作業は遅れに遅れていた上、1年の高橋はまだ仕事を1人でこなせる段階ではなかった為、高橋はしばらく川村のところへ通っていたが、結局、川村は一度も部室には顔を出さなかった。

 あの日、階段教室で何があったのか、気にならなかったわけじゃない。彼女は何も無かったと言ったけれど、何もって訳じゃないだろう。でも、何があったとしても、それは2人の間のことだ。彼女は俺の所へ戻って来た。いまさら話を蒸し返すのは、川村にも悪いような気がしたし、正直、俺もあまり聞きたくなかった。

 ただ、人気の無い階段教室で、川村と2人きりになった彼女の危機管理の甘さには腹が立った。彼女がもう少ししっかりしていたら、川村は演劇部を去る必要はなかっただろうし、もしかしたら、俺達3人はまた違った関係を築けたかもしれないのに。

 川村にとってどちらが良かったのかはわからないけれど。
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