坂道では自転車を降りて
「もっとキスして。激しくしてよっ。強く抱きしめてよ。ねぇ、もっと。」
 俺の襟を掴んで揺さぶる。激しくって言われても、俺そんなキスしたことねぇよ。なんでそんなこと?!
 その時、俺はようやく気付いた。彼女はしたんだ。川村と。激しいキスを。抱きしめられて、、、。そう思うと、一気に頭に血が上った。何もなくなんかないじゃないか。2人して、嘘つきやがって。

 俺は胸にしがみつく彼女を振り払って、立ち上がった。彼女は転んで地面に尻餅をついた。彼女とキスした口が、なんだか汚れたような気がして、思わずつばを吐いた。殴ってやろうかと思ったが、地面に座る小さな頭をみると、怒りも萎えた。無言で自転車に戻りまたがると後ろも見ずに走り出した。

 5分も走らない間に、俺は後悔し始めた。夜の公園などに1人で置いて来てしまって、大丈夫だろうか。痴漢や変質者に襲われたりはしないだろうか?川村とのことだって、考えてみれば彼女は単なる被害者だ。自分から誘った訳ではないだろうし、川村だったらそんなこと百も承知だった筈だ。ただ、その時はすぐには拒めなかったんだろう。やつとのこれまでの事を思えば、それも仕方ないのかもしれない。
 何もなかったと言ったのも、川村や俺を気遣ってことなんだろう。彼女さえ黙っていれば、何も問題はないのだから。でも心では、本当のことを打ち明けて、俺に許すと言ってもらいたかったのかもしれない。

 俺は自転車を止め、来た道を引き返した。
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