坂道では自転車を降りて
 石田が視線を向けた廊下を見るとふんわりと長い髪の娘が、窓の外を眺めながら、揺れるように立っていた。髪を耳に搔き上げる仕草、大野多恵だ。わざわざ俺の教室まで脚本をとりにきたのか。もう1時間もすれば部室で会うというのに。

「誰?」
「演劇部の子だよ。」
おれは脚本をつかんで廊下に出た。恥ずかくて、思わず照れ笑いしそうになるのを我慢して、平静を装う。

彼女は俺に気づくと照れ笑いしながら言った。
「続きが早く読みたくて。。」
いたずらそうに上目遣いで笑う顔がまぶしくて、思わず目を反らす。
「授業中に読むのか?」
「そんな怖い顔しなくても。。硬いこと言うなよ。」
 慣れた感じで男言葉を使う。意外だ。無言で脚本を手渡し、急いで教室に戻る。振り向くと、もう彼女はいなかった。

 放課後、大野多恵は部室に現れなかった。美術部でもある彼女が裏の仕事のない時期に基礎練習をさぼるのはよくある事らしい。もう脚本は読み終わったのだろうか。放課後に用があったから、休み時間に本を取りに来たのか。放課後に会えると思い込み、彼女が来ないことに落胆している自分に驚いた。いや、脚本の感想というか、彼女が何か策があるような言い方をしたから、気になっているだけだ。と思う。と思う。と思う。だーっ。

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