坂道では自転車を降りて
 完全に負けてる。がっくりとうなだれていると、彼女が声をかけた。
「どうしたの?」
「俺、本当に君の事、何も知らないなと思って。」
「別にいいじゃない。大事なのはいままでよりこれからでしょ。」
「これからが、あるの?」

 ちらりと視線を向けると、彼女と目が合った。優しく笑う顔が、街灯に照らし出されて、とてもキレイだ。今、告るべきなのか?告っていいのか?

 俺は動けなかった。川村の顔がちらついてしまったからだ。
「ごめん。この話は明日するんだったね。」
 言いながら彼女は目を反らした。瞳が潤みはじめる。ポニーテールにした髪は、俯いてもその目を、震える首筋を隠さない。彼女はいままでも、その長く降ろした髪に隠れた内側で、こうやって涙をこらえていたのだろうか。

「乗せて。」
 彼女が言った。坂道はもう終わっていた。俺は彼女を後ろに乗せて走り出した。彼女の頭が遠慮がちにそっと俺の背中に触れた。俺は自転車を漕ぎながら、小さく声に出した。「君が好きだ。」そう思ってた。でも、本当にそうだったのか。あいつの気持ちに比べたら、俺の気持ちなんて。。彼女に聞こえて欲しいような、聞こえて欲しくないような。彼女は何も答えなかった。
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