坂道では自転車を降りて
 どのくらいそうしていたのか、俺はいつの間にか、彼女を腕に抱き、髪に顔を埋めながら、彼女の背中をさすっていた。彼女は俺の胸にしがみついたまま眠るようにじっとしていた。
 突然、スピーカからチャイムが聞こえた。2人で驚いて顔を見合わせる。

彼女が何か言おうとした。
「ちょっと待って。」
俺はそれを制した。そして、もう一度、頭の中で確認し、大きく深呼吸してから言った。
「大野さん、俺と、付き合って。。ください。」
「。。。。はい?」
素っ頓狂な声が返って来た。涙で濡れた紅い目が、驚いてまあるく見開かれる。
「俺、やっぱり、君を手放すなんてできない。これからも振り回すかもしれないけど、一緒にいてほしいんだ。」
 彼女の顔が一瞬、喜びでほころぶ。でもすぐにまた暗い顔に戻る。少しはにかんだかと思うと、また戸惑うような表情。
「でも。」
彼女が逡巡しているのが分かる。俺は固唾をのんで見守った。
「私でいいの?」
不安そうな顔で問い返す。
「君が良いの。」
がんばって笑う。多分、情けない顔になった。
「きっと、また傷つけるよ。」
「いいよ。そうしたらまた一緒に泣こう。」
彼女は戸惑いながらも頷き、再び俺の腕の中に戻って泣いた。
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