坂道では自転車を降りて
パンを食べながら(といっても、まだ食べてるのは俺だけだが。)いろんな話をした。俺が好きな本や映画の話をすると、彼女は楽しそうに聞いてくれた。
「食べながら話すから、口からこぼれてるよ。汚いな~。」やべっ。
「だったら、君が何か話してよ。何でも良いから。」
「そうだな~。」

 美術館で絵を見たり、科学館や博物館へ行くのが好きらしい。横浜や鎌倉にも小さな博物館や資料館が沢山あるから、少しずつ回っているのだとか。やる事が渋いな。

 すっかりパンもなくなり、落ち着いた頃、彼女が切り出した。
「そろそろ、帰る?」
切なげに笑う顔が帰りたくないと言っているように思えた。

「ねぇ、もう一度だけキス。。していい?」
訊ねると、彼女は目を伏せて、はにかむように微笑んだ。俺の好きな笑顔だ。
そっと顔を近づける時、不安と緊張で自分が震えているのが分かった。震えているのは、彼女も同じだった。怯えた小動物のように震える2人の唇が重なる。何度も何度も。重ねるたびに震えは小さくなり、彼女の手が、戸惑いながら俺の胸に触れ、首筋に伸びた。そのとき、俺の中で何かが弾けた。

 彼女の背に腕を回し、躯がぴったりとくっつくまで抱き寄せる。柔らかくて温かい彼女の感触に血液が一気に沸騰する。彼女の頭を掴んで引き寄せ、貪るように唇を奪った。もっと深く、もっともっと深く。奪うような激しいキスに戸惑ったのか、彼女が暴れ始めた。ポカポカと俺の背中を叩く。腕をほどいて少し休憩させてやる。彼女は目を白黒させて苦しそうに喘いでいたが、少し落ち着くと、俺の顔をみて笑った。
 
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