坂道では自転車を降りて
タメイキの漏れる唇を見ていて気付いた。あぁ、口紅をつけているんだ。
「行こうか。」
「そうだな。」
2人で切符を買って電車に乗る。

 初めてのデートはどこへ誘ったら良いか分からず、映画に誘ってみた。金があれば舞台とか誘えるんだけど、舞台のチケットは一般的に前売りだし、高校生にはちょっと高価だ。市内の劇場の演目も一応見てみたが、よくわからなかったのでやめておいた。都内で探せば安価で当日に見られる面白い舞台もあるかもしれないが、今度は交通費が嵩んでしまう。映画あたりが妥当なところだ。

 話題の娯楽映画ではなく、ちょっとマニアックな劇場でやるリバイバル映画のチラシを見せると彼女は興味を示した。彼女の好きな個性派男優が出ているからかもしれない。

 横浜で電車を降りた。駅の人ごみで彼女とはぐれないように気をつけながら歩く。手を繋ぎたいなぁ。思いながら、なかなか言い出せない。一緒に帰るときは、たいてい俺は自転車を押しているか、傘と鞄で両手が塞がっている。手を繋いで歩いた記憶がない。今ならきっと、手を繋いで歩けるのに。少し歩いては俺の方を見る彼女の笑顔が、なんだか眩しくて、何も言えなかった。キスだってしたし、あんなエッチなことまでしたのに、手を繋いだ事がないなんて。
< 354 / 874 >

この作品をシェア

pagetop