坂道では自転車を降りて

「てめえ、どさくさに紛れて何やってんだ。降ろせよ。」
本気で焦って喚きはじめた神井先輩は、逆にさっきほどには怖くない。
「わかった。わかった。」
苦笑しながら、原先輩は大野先輩の上半身を支えていた手の力を抜いた。
「あっ。」
落ちそうになった大野先輩が悲鳴をあげる。原先輩はほんの少しの落下したところで受け止め、再び抱き上げる。大野先輩は小さく声をあげながら、ぷるぷる震えて原先輩にしがみついた。うわー。いつもは怖い「鉄の女」の大野先輩が、子ウサギみたいに震えてる。すげぇギャップ萌。俺もやってみたい。神井先輩のいない所で。

「なーんちゃって。」
「あぶねぇだろっ。ふざけるなよっ。」
「はいっ。離すよ。」
原先輩は大野先輩を横炊きにしたまま、突進して来た神井先輩に押し付けた。神井先輩は顔を真っ赤にして怒ってたけど、彼女を両手に抱いて、身体的にも精神的にも、身動きが取れなくなってしまったらしい。パニックになって、頭からプシューッと湯気がでているのが見えるようだ。原先輩、なんだかすげぇな。

　最近、原先輩はしょっちゅう神井先輩の前で大野先輩にちょっかいを出している。神井先輩をからかっているんだろうけど、今のは、ちょっとやりすぎだ。挑発に近い。２人の間に何かあったんだろうか。大野先輩は自分の足で床に立つと、ほっと息を吐いて神井先輩に身を寄せた。

「大丈夫？」
「うん。」
神井先輩は大野先輩を気遣う。大野先輩は神井先輩の腕をぎゅっと掴んだまま俯いている。かなり怖かったらしい。
「ごめん。神井の反応が面白くて。つい。」
原先輩が笑う。神井先輩は原先輩を一度睨んだけど、すぐに大野先輩のほうに向き直った。