坂道では自転車を降りて
「お~い。」
 呼んでみるけど、返事はない。マジで面倒くさいし、腹が立って来た。俺だって怒るぞ。
「あっそう。じゃあ、もういいよ。バイバイ。」

 俺は自転車を走らせた。道はもう住宅街に入っている。暗くもないし、置いて帰ったって特に問題はない。あっというまに、50メートル。振り向くと、彼女が呆然と立っていた。さらに50メートル。一度豆粒みたいに小さくなった彼女を見てから、元来た道を戻った。近づくと彼女は俯いてしまい顔をあげない。

「。。。。」
なんか言えよ。
「大野さん。」
「。。。。」
ぴくりとも動かない。石みたいに俯いて、拒絶の姿勢。本当に、可愛くないと言うか、面倒くせぇなぁ。

「鞄。」
彼女はチラリと俺の自転車の前籠に入った自分の鞄を見た。慎重に俯いたまま籠から抜き取り、胸に抱えてまた向こうを向く。なんなの、この意地っ張りなお嬢さんは。

「じゃ、俺帰るわ。気をつけてね。」
言ってから、ゆっくりと走りだす。
「ゃ。」
彼女は小さく声を上げて、自転車の荷台に取りすがろうと手を伸ばした。どさりと鞄が道路に落ちる。落ちた鞄に自分で驚いて、後ずさる。

「何?」
さっきは先に帰れって言ったよね。思わず、ニヤニヤしてしまう。彼女は俯いたまま、身を縮ませて立っている。力を込めて握った拳がふるふると震えた。
「。。ゃだ。。。ぃかな。。。ぃで。」
絞り出すような細い泣き声に、面食らうと同時に、後悔の波が押し寄せた。
「ごめん。泣かせるつもりじゃ。っていうか、この程度で泣くなよ。本当に帰るわけないだろ?バカだな。」
 彼女は声を上げて泣き始めた。ああ、また泣かせてしまった。。本当に何やってんだ俺は。。
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