坂道では自転車を降りて
「ね、多恵?」
顔を覗き込んで目を合わせる。潤んだ瞳が戸惑いながら俺を見る。コートのボタンに手をかけながら聞いた。
「外して、いい?」
 彼女は涙の浮いた赤い目で俺をじっと見つめて、真剣な顔で頷いた。コートのボタンをひとつひとつ外して行く。彼女は俺の指先を見ていた。ごくりとつばを飲み込む音がする。俺か、それとも彼女だったのか。制服のジャケットのボタンも外して、準備が整うと、思わずほっと息を吐いた。彼女は目を閉じて震えている。

 そっと腰に触れる。彼女はビクリと身体を震わせた。でも手は壁につけたまま、抵抗はしない。
「うん。そのまま、動かないで。大丈夫。この前にみたいにはしないから。」
「はい。」
はいって。。ちょっと笑ってしまう。
「止めて欲しかったら、そう言って。すぐ止めるから。今日は絶対、止めるから。」
そうは言ったけど、本当に止められるのか?頼んだぞ、俺の理性。

「神井くん。」
「多恵。」
名を呼び合うだけで、背筋がゾクゾクして目眩を起こしそうだ。こんなに、好きなんだ。どうして伝わらないんだろう。少しは伝わってるんだろうか。

「あ、、神井くんが好き。触って。」
だからっ。そんな声でそんな事を言うな。理性がちぎれちゃうだろ。
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