坂道では自転車を降りて
「何もしない。ちょっと、ぎゅってするだけ。」
 彼女は俺の詰め襟とワイシャツの間に腕を差し込み、俺を抱きしめた。服の中に頭を入れて、俺の肩のあたりに頬をこすりつけながら、もぞもぞしている。俺の首筋に髪の毛やら鼻やら吐息やら、いろいろ触れてなんだか焦る。背中に回った手が、柔らかくてくすぐったい。しばらくそうしてから、彼女は離れた。

「ふぅっ。」
紅く染まった頬、満足げな顔が可愛らしい。
「おおきくてあったかい。神井くんの匂いだ。」
げっ。匂いって、、汗臭くなかったかな。。
「うん。満足。ありがとう。」
俺の詰め襟のボタンを留めながら満面の笑みで言うと、俺から離れてすっと立った。

「あの、、もう一つだけ、お願い聞いてもらっていい?」
彼女は遠慮がちに上目遣いで訊ねた。
「内容によるよ。」
うーん、俺、理屈っぽいなー。ここは普通「いいよ。」だろ。彼女が無理なこと言ったりしないのだって、もう分かってるのに。

「約束。次にいつ会えるか、分かってたら、きっと、こんなに不安にならないと思うんだ。」
「ああ、そうだな。」
「来週の金曜日に、また一緒に帰ってもらえる?」
「そんな先でいいの?それに一緒に帰るだけ?」
「うん。あとは、これからもずっと、週に1回くらいは一緒に帰るか、図書室で会うかしたいな。」
「週に1回でいいの?」
「いいよ。でも必ずだよ。」
「わかった。まずは、来週の金曜?」
「うん。ありがとう。」
「あと、メールも電話も、我慢しないで。」
「うん。」
「俺からは、あまりしないかもしれないけど。。」
「うん。」
うんって言いながら、顔はちょっと悲しそう。
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